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東京高等裁判所 昭和45年(う)2088号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

理由

〈前略〉

弁護人の所論は、原判決は判示第五の二において、被告人は浅井文夫と共謀のうえ四五年二月三日午前三時三〇分ごろ、群馬県甘楽郡甘楽町大字福島一二二三番地の三すずや食堂こと鈴木忠祐方東側窓から同家屋内に侵入し、同店店舗で同人所有の現金四〇〇円位および指輪一個在中のレヂスター一個(時価合計四万円相当)を窃取し、更に同日午前四時ころ、金品を窃取すべく右鈴木方西側の奥四畳半の間を歩いていた際、同所に寝ていた二女鈴木由起子(当時一二年)が眼を醒まし起き上るや、被告人は逮捕を免れるため同女に対し、「騒ぐと殺すぞ」と言うなどして脅迫したものであると認定し、住居侵入、準強盗の罪に問擬しているけれども、被告人らは右レヂスター一個を窃取した後、一旦同家を立ち去り賍品を処分してから約三〇分後に再び同家四畳半の間に侵入した直後、寝ていた鈴木由起子の蒲団につまずいて倒れ、そのため同女が目を醒まして起きあがろうとしたので原判示の脅し文句を言つたのであつて、未だ窃盗の着手行為がなかつたのであるから、脅迫の罪が成立することあるは格別、準強盗罪には当らないと主張し、また、被告人の所論は、鈴木方奥四畳半の間に入つたのはいたずら半分に入つたもので窃盗の意思ではなかつたから準強盗罪には当らないと主張するので、この点を考えてみるのに、まず、原判決挙示の証拠によれば、被告人は原判示の日の午前三時三〇分ころ浅井文夫と共に原判示すずや食堂に盗み入ることにして浅井が窓の外で見張をし、被告人が同家屋内に忍び込み店からレヂスターを盗み出したうえ、それを自動車で約一粁離れた土橋の所に運び、そこでレヂスターを壊わして中味を見たところ、細い金が四〇〇円位と指輪が一個と鍵が入つていただけだつたので、金は被告人がとり、浅井が指輪をとつて、あとのものは全部川の中に捨てたが、大した金にもならなかつたので、もう一度同家に盗みに入ることにして車で引きかえし、レヂスターを盗み出した時から約三〇分後に侵入口をさがして再び被告人が先に浅井が続いて同家西側の施錠のない硝子窓から四畳半の間に忍び込んだところ、被告人が寝ていた鈴木由起子につまずいて倒れたため同女が目をさましてむつくり起きあがりかけたので、とつさに悲鳴でも出されて騒がれては捕まつてしまうと思い、同女の顔を懐中電灯で照らしながら「騒ぐと殺すぞ」と脅かしながら押えつけようとしたところ、同女は被告人を振りきるようにしてバタバタと廊下の方へ逃げ出したので、被告人はぐずぐずしていると捕まると思い一目散に入つた窓から逃げ出した事実を認めることができる。そして、右のように二度目に侵入してからの金品物色行為については、被告人は原審公判冒頭の被告事件に対する陳述として、本件住居侵入、準強盗を含めすべての公訴事実について、そのとおり間違いない旨答えているほか、被告人の昭和四五年七月五日付検察官に対する供述調書によれば、被告人は忍び込んで眺め廻すと同時位に何かにつまずいた旨供述しており、同人の司法警察員に対する同年八月三日付供述調書中にも、(二度目に)部屋に入つてから懐中電灯で照らしながら金目のものがあるかどうか部屋の中を探したところ、蒲団の足の方につまずいてころがつてしまつた旨の供述があつて、換言すればいわゆる物色行為に及んだごとき供述がないわけではないけれども、原判決引用の各証拠(実況見分調書によれば、窓際畳の上に直径一ミリメートル位の砂利が数個落ちていたのであり、鈴木由起子は四畳半の間に東枕に寝ていたという。)に当審における事実取調の結果を合わせ考えると、被告人らが同家西側の窓から右四畳半の間間に忍び込んですぐに鈴木由起子の寝ていた蒲団につまずき同女が目をさましたため脅し文句を言つて逃げ出すまで、きわめて短時間(一分間位か)の出来事であると認められること、被告人は窓際から二、三歩で蒲団につまずいたもので、室内のタタンスや物入れ、衣裳タンスなどに近いた形跡が認められないこと等に徴すると、未だいわゆる物色行為があつたとまで認めるのには十分でなく、従つて窃盗の実行の着手があつたものとは断じ難い。(また、被告人が右のように鈴木由起子を脅したのち直ちにその部屋から逃げ出したところからみると、その脅迫がさらに金品を奪取するための手段としてなされたものと認めることも困難である。)なお、被告人は当審において二度目に入るときには窃盗の目的ではなく強姦の目的であつたと供述するけれども、記録並びに当審における事実取調の結果に徴すれば右の供述は信用することができず、やはり窃盗の目的であつたものと認めざるをえない。

ところで、刑法二三八条の準強盗罪またはその未遂罪は窃盗犯人が窃盗が既遂に達した後、あるいは窃盗の着手後その機会の継続中に同条所定の目的で暴行または脅迫をする行為を、その態様において、暴行または脅迫を用いて財物を奪取する同法二三六条の強盗罪と同視するに足りる実質的違法性を帯びるものとして重く処罰する趣旨であるから、暴行または脅迫が窃盗の機会継続中に行われたか否か、換言すれば暴行または脅迫と窃盗の犯行との接着性については慎重に考慮し不当な拡張を避けるべきものであるべきところ、本件についみると、最初の住居侵入窃盗後、被告人らは賍品を持つて自動車で犯行現場を立ち去り、約一粁離れた場所で賍品を分け、不用の物を処分するなどしたこと、その間被害の事実は誰れにも発見されず従つて被害者や警察官等に追跡される等のこともなく経過し、約三〇分して再び窃盗の意思を生じて犯行現場に立ちもどり、施錠のない所を探して奥四畳半の間に忍び込んだところ、金品物色ののいともなく蒲団につまずいて倒れたため鈴木由起子が目を醒まし起きあがりかけたので、窃盗の意思を放棄し逮捕を免れるため原判示の脅迫文句を言つて逃げ出したというのであつて、右脅迫と最初の窃盗との間には、犯行現場から誰れにも発見されることなく立ち去り賍品を処分したことなど重要な事実が介在し、とうてい最初の窃盗の機会継続中になされた脅迫と認めるに由ない。しかして被告人らの二度目の侵入行動をもつては、未だ窃盗の実行の着手があつたとは認められないことは前段説明のとおりである。しかりとすれば原判決が本件につき準強盗罪の成立を認めたのは、事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤つた違法があり、右が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由がある。〈以下省略〉(中野次雄 寺尾正二 藤野英一)

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